第66回「高度な小遣い帳(家計簿)」(2011年12月23日)

 今回は、正月休みを考慮して2回分の分量です。飽きたら2回に分けて読んでください。前回は、小遣い帳も会社の現金出納帳も単に記帳するだけでは不十分で、親なり上司なりのチェックが必要だという点でよく似ているという話をしました。今回は、小遣い帳と現金出納帳との違いについて考えてみたいと思います。

 会計の世界では、小遣い帳と云えば幼稚で役に立たない、というニュアンスで用いるケースがほとんどです。「企業の帳簿と違って、役所の帳簿は小遣い帳と変わらない」とか「それでは小遣い帳のレベルだよ」といった具合です。では、小遣い帳のどこがいけないのでしょうか。それは小遣い帳では現金の動きは把握できますが、その使途先別のデータが分からないということなのです。昔の庶民の家計簿も小遣い帳と同じレベルだったと思います。

 小遣い帳はあまりに単純ですから、以後、家計簿を念頭に考えるとして、家計簿をつけるそもそもの発端は何だったのでしょうか。それは紛失の発見・予防であったと思います。ここで紛失の発見・予防というのは、日々の入出金およびその結果たる残高の記録がなければ現金を紛失しても気が付かないということです。
例えば不肖のご子息が母親の財布からコッソリお金を失敬しても記録が無ければ気が付きません。おカネが足りないみたいと感じても、息子がくすねたのか気のせいなのか判断できません。家計簿という記録があって初めて資産の紛失の発見・予防、つまりは資産の管理ができるわけです。

 では、資産の紛失の発見・予防ができればそれで家計簿としては十分でしょうか。脱漏なくすべての入出金が記録されているだけでは盗難や紛失には気付くものの、無駄遣いの防止にはつながりません。この、無駄遣いの防止も資産管理の重要な一部です。日々の入出金と残高だけの記録では、1か月あるいは1年まとめて無駄な支払いがどれだけあるのか把握できません。実態把握ができなければ気合の入った対策をたてたり実行したりできよう筈がありません。
単純な家計簿では、毎月の飲み代がいくらなのか、父親の小遣いが食費よりも多いのか少ないのか分かりません。無駄遣いの金額がいくらになるのか、クルマ関連の支払いがいくらなのかわかりません。従って、クルマを手放してレンタカーにした方が有利かどうかの判断も出来ません。電気料金の把握なしに、省エネ型の冷蔵庫を買い替えた方が有利か否かの判断は出来ません。
そこで、日々の入出金額と同時に、飲み代とか電気料金といった費目別金額も分かるような記帳が必要となります。これができる方式が複式簿記、できない方式、つまり現金の動きしか把握できない方式が単式簿記と云うわけです。名称はどうでもいいのですが、複式簿記の方が優れていることは明らかで、会社は勿論のこと、個人事業者に対しても複式簿記による記帳が推奨されています。

 税務上、複式簿記を採用してきちんと帳簿を作成・保管し、決算書を作成していれば青色申告(あおいろしんこく)が認められ、種々の恩典が受けられます。この青色申告というのは、これまでの税務申告書の第1ページが青い色の用紙だったことからきていますが、現在では、事業(山林、不動産)所得にかかる個人の所得税申告書の第1ページは青い色ではなくなりました。でも青色申告という用語は生きています。

 それはともかく、複式簿記というからには、会社の経理と同じように伝票を書いて入力しなければならない、と考えるかも知れません。しかし、要は使途別の金額が記録され、後日集計できればいいのですから伝票も会計ソフトも必須というわけではないのです。
市販されている家計簿は、詳しく調べたわけではありませんが、日々の支払いを日付順にズラズラと同一の欄に書き下ろすのではなく、食費とか嗜好品とか医療費といった費目別の欄に分けて記入するようになっているようです。1か月ごとに費目別に合計を算出し、家計の実態を把握し、そのデータを来月以降の家計の改善に反映させることができます。従って市販の家計簿の方式は実質的に複式簿記なわけです。

 これは個人商店等の事業の記帳にも応用することができます。家計簿では普段使用しない科目、例えば「売上、仕入、買掛金、売掛金」等の損益をしめす科目、さらに「預金、備品」等の資産科目も追加して全取引を記帳できるようにすれば、あとは期末に多少の調整を施すことにより決算書(=損益計算書と貸借対照表)を作れます。この帳簿は多桁式(たけたしき)現金出納帳などと呼ばれ、決算書が作れる帳簿ですから立派な複式簿記といっていいでしょう。

 ただ、このやり方が通用するのはやはり小規模な事業に限ります。規模が大きくなり、取引も多数かつ複雑になってくれば、多桁式では科目数も取引件数も多くなって誤記も多くなります。現金とかかわりのない取引も発生します。やはり全取引を伝票に記帳し会計ソフトに入力して決算書を作る方式を採用せざるを得なくなってきます。
しかし、複式簿記というものがえらく複雑・難解なものという意識は持つ必要がありません。複式簿記の基本は多桁式現金出納帳なのです。採用する費目は、各会社の実情に応じて必要なものを採用すれば十分です。確かに事業が大きく複雑になれば正式な複式簿記を採用せざるを得ませんが、逆に複式簿記は大会社専用の帳簿体系というわけではありません。小規模な会社でも容易に利用できる帳簿体系です。
掛売りや掛仕入がなく、商品も自社ビルも持たない現金取引のコンサルタント会社であれば、複式簿記を採用したとしても出力される帳簿は現金出納帳と経費帳だけ、貸借対照表の主たる勘定科目は現金・預金と資本金だけ、といったえらく簡素な帳簿体型に落ち着くのです。

 複式簿記は、取引数が少なければ少ないように簡単に記帳でき、簡素な帳簿・決算書が作成できるのです。また複雑・膨大な取引を処理することも出来ます。個人商店から大会社まであらゆる規模の事業体に適した優れた記帳の仕組みなのです。家計簿であっても多桁式を採用した高級な帳簿に記帳するならば、複式簿記の考え方をよく理解できると思います。単に会計ソフトに入力するだけではなかなか複式簿記の仕組みは理解できないと思います。
皆様のご商売が来年も好調でありますように。よいお年をお迎えください。


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