第55話 公私混同

 企業会計上は問題なく経費となるのに、税務上はなかなかスンナリ損金とはならないものが数多くあります。
例えば、支給額を増減させた場合の役員給与は、その一部が損金とは認められない場合があります。売買目的有価証券は別として、非上場株式、棚卸資産、固定資産等は、発行会社の資産状態の著しい悪化、著しい損傷等による価額の下落以外は評価損の計上は税無常は原則禁止です。貸倒れについても損金と認められるための要件は厳しいものがあります。

 修繕の為の支出は全額が損金にできるとは限りません。固定資産の性能や価値を高める、あるいは耐用年数を延長させるような支出は損金(=修繕費)ではなく資産の取得原価(=資本的支出)としなければなりません。かかった費用のうちいくらが原状回復分でいくらが性能アップ分かの判断は難しいので、判断基準が示されています。

 交際費については、もっぱら企業活動に必要な支出であること、得意先を接待しての飲食代なら一人当たり5千円以内であること等の他に、さらに総額でいくらまでという制約があり、資本金額等が1億円以下の法人は一定の限度内で認められますが、1億円超の大法人には交際費は一切認められません。
 理由としては冗費の節減ということがよく言われます。立法者の思考には、交際費というものは民間同士なら問題ないように見えるが、公務員に対して支出されたら「賄賂」となるもので好ましいものではない、出来得れば廃止すべきものという認識があるのだそうです。

 このように税法上の損金は、合理的なものから政策的なものまでいろいろな判断による調整を受けております。しかしながらその根底には、当然のことですが損金とされる支出は専ら事業に係わる支出であるべきということ、すなわち公私混同は許されないという基本があるわけです。もう少し端的に言うと、仮にこういった制約をすべて取り払ったらどう云う事になるか、を考えれば基本にある考えが分かると思います。固定資産の修繕で、いかに厳格に修繕費か資本的支出かを検討しても、それが社長の自宅の修繕では損金として認められません。

 出費はすべて損金にしたい納税者側に対し、厳格に公私を峻別しようとする税務署員は、自分たち自身に対しても公私混同は厳格に戒めているようで、清廉潔白な仕事ぶりだと感じます。しかしながら、他の役所では必ずしもそうとは言えないようで、いろんな場面に出くわしたり話ををきいたりすることがあります。

 体験者からの伝聞ですが、ある県の県庁の役人にはアルバイトの女性を召使のように考えているのがいて、昼飯のラーメンを買いに行かせたり、通帳と金を渡して自分の口座への入金を頼んだりという公私混同が日常茶飯事におこなわれていたのだそうです。

 例えば、ラーメンを買いに行かせるのは、その役人が庁舎の最上階の食堂まで食べに行くのが億劫だというのがその理由でした。通帳入金依頼は、とても情けない結末に私は笑ってしまいました。アルバイトの女性が、ある役人から個人的な現金を預かって近くの銀行のATMで入金したのですが、帰る途中、庁舎のエレベータの中でその通帳の残高を見たら記帳額が入金した現金より少ないのです。女性は「ネコババしたと思われる」と思い、慌てふためいて銀行にとって返しました。行員にわけを話したのですが、よく見たら何のことはない、そもそも入金前の残高がマイナスだったのだそうです。
 しょぼい通帳のおかげで大汗をかかされたこの女性の怒りたるや想像に難くありません。大笑いしましたが、同時に大いに同情もしたものです。それにしてもこのオヤジには「情けない通帳を人に預けるな!」と言いたいです。

 次は、カートに乳酸飲料類を積み込んで官庁で販売している女性に聞いた話です。その県庁(前述の県庁とは違う)では「ずるずると代金支払いを引き伸ばされ、結局部署替えでよそへ移ってしまい踏み倒されたことが何度もあった。移動時期には相当に注意しないといけない。その点、警察では代金を支払おうとして追いかけてくる。同じ公務員なのになぜこんなに違うのか不思議だ」ということでした。

 私の経験では、税務署も警察署もどちらも建物が質素で、机やロッカー等の備品も古いものを大事に使用しているようにみえます。税務署は、国民から税金を徴収する役所なので、納税者の目を意識して、豪華な庁舎や華美な調度品を意識的に避けているのかも知れません。警察の建物も昔から質素で、豪華な造りのものは見たことがありません。現場を抱える役所はどうしてもそうなるのかも知れません(最近は豪華な庁舎も稀ですがお目にかかります)。
 職務上当然と言えばそれまでですが、税務署員も警察官もこのままずっと潔癖な役人であってほしいと思います。上場企業に対して内部統制監査が導入されました。地方公共団体にも外部監査が入っています。不況が続いて役人に対する世間の目が厳しくなっており、公私混同が酷いようだと法令遵守に重点を置いた内部統制制度やその監査が役所に強制される時期が来るかも知れないな、などと考えています。


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