第53話 得意先開拓術

小学校に入学する前の幼少の頃でしたが、毎朝、新聞配達のおじさんが来るのを玄関で待っていました。まだ新聞のマンガが理解できる歳ではありません。新聞に挟まっているチラシが目的でした。

当時はチャンバラ映画(=侍が登場する時代劇)の全盛時代でした。人口4万ちょっとの田舎町でしたが、映画館が4軒あり、たびたびチャンバラ映画のチラシが入っていたのです。チラシといっても今のようなきれいなカラー刷りではありません。

ペラペラの紙に青なら青だけ、茶なら茶だけ、緑なら緑だけで印刷されたチラシで、カラーと云えるような云えないような代物でした。ちなみにこの頃は、本物そっくりのカラー映画は特別に「総天然色」と銘打っていたものです。このカラー(?)チラシには美男美女の若手スターの勇ましい姿が載っていたのです。

映画は年に数回しか行けなかったので、チラシを見ていろいろ想像して楽しんでいたものでした。チラシは宝物のように大事に保管しておりました。いつしか、早朝から玄関に出て新聞の配達を待つことはしなくなりましたが、チラシの収集はその後も続き、相当量の資料となりました。

自分で新聞配達をしたこともあります。一般的には新聞配達というと単純作業で、体の鍛錬にはなるものの特に何かノウハウが身に付くものとは考えられていないようです。しかし私の場合は結構大きな収穫がありました。大学受験で一度失敗し、兄を頼って上京し、リベンジを期して新聞配達をしながら勉強したのですが、当時の団地は殆どが5階建てでエレベーターはありませんでした。

私の配達区域は団地が多く、なぜか上層階の読者がほとんどで、二、三十棟ある団地の4、5階まで階段を登るのがつらくなってきました。数か月たった頃、つい各戸の玄関の新聞受けまで届けないで、1階の集合郵便ポストに突っ込んで誤魔化しました。2,3日何事もなく過ぎ、なかなかグッドアイデアだったと愉快な気分になっていたら、ドカンと来ました。

朝刊を配達に行ったら、なにやら怖そうなオヤジが団地の入り口に腕組みして立っていて「ようよう、ちゃんと玄関まで持ってこなくちゃダメじゃないか。東京新聞だけが新聞じゃないんだぞ」というのです。咄嗟に「受け持ちの人が急病で休んで、僕はピンチヒッターです」と嘘をついてしまいました。元来正直者の私にしては良くもまぁこんな嘘が咄嗟に出たものです。

配達だけでなく集金もしていましたから相手は私の顔を知っていたかもしれません。仮に知らなかったとしても以後の集金でそのオヤジに会うかもしれません。このことに気が付きとても心配になりました。数日間は、またそのオヤジがどこかで見ているのではないかとビクビクものでした。

善後策を検討し、そのオヤジとは会った記憶がないからその多分私の顔を知らないだろう。その点は心配いらないだろう、と考えました。今後集金でそのオヤジが出てきたら「前の人は病気で辞めたので私が受持ちになりました。僕は前の人とは違ってちゃんと玄関まで配達します」と言っちゃえば問題ないことに気が付き、やっと安心できました。

結局、そのオヤジとは二度と遭遇せず、杞憂に終わりました。一度嘘をつくと次々と嘘をつかなければならなくなり、精神衛生上良くないことを実感し、これからは嘘をつかないようにしようと心から反省しました。心を入れ替えていつもニコニコ明るく配達したせいか、知らない人から「兄さん、明日から俺ンとこにも1部入れてくれよ」と、セールスなどしていないのに新聞の購読申し込みを何件も頂くようになりました。生きていくうえで何が大事か分かったような気がして嬉しかったのを覚えています。

階段も苦にならなくなりました。「ほかの人も頑張っている。脚力の鍛錬になるじゃないか」と思えるようになりました。これ以後現在まで駅でもデパートでもできるだけ階段を利用しています。お陰様で少し前までは、洋服を作るとき女性の店員さんから「サッカーでもやっていたんですか?」などと聞かれることがありました。女性にこう言われると、その女性が美人でなくても大変嬉しいものです。


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