第49話 医者の自家消費

久しぶりに頂きましたお盆休みも終わってしまい、仕事に復帰です。よろしくお願いいたします。これからは涼しくなるのを待つばかりです。大事な大事な休暇でしたが、そのうちの貴重な一日が通院でつぶれてしまいました。損したような気分です。

最近肉体の衰えを感じます。どういうときに感じるかというと、蚊を叩きつぶせなくなった時です。目の遠近の焦点を合わせるのに時間がかかるようになり、蚊が遠くへ逃げるか、眼前に接近すると見失ってしまうのです。情けないことになったものです。

さらに最近、3度目の四十肩になりました。1回目は医者にかかりました。2回目は同僚等から「ほっとけば治る」とアドバイスを受け、実際にほっといて治りました。今回は治りそうもないので医者に行くことにしました。大宮に住んでいた20年近く前、家内がどこかで名医との評判を聞きつけてきて、1回目の四十肩を診ていただいた整形外科に行きました。

医院の場所、建物内部の配置は昔のままでしたが、20年前の先生がこんな顔だったか思い出せませんでした。ただ、先生の雰囲気は確かにこんな感じだったなと思いました。それはともかく今回はえらい目にあいました。腰も痛かったのでついでに診てもらったのです。腰と肩のレントゲンを撮ってもらい説明を受けました。「肩は四十肩です。腰は慢性になってますね。注射を打ちましょう」ということになりました。

まず腰痛の注射ですが「少し痛いけど1回きりだから」との言葉に少し不安を抱きながら臨みました。注射の場所が意外なことに腰ではなく尾てい骨のところでした。お尻を出してうつぶせに寝て待っていたら看護師のおばちゃんがアルコールをたっぷりしみこませた脱脂綿で尾てい骨近辺を丹念に消毒しました。

当然ながらアルコールが垂れるので、畳んだガーゼをまず最初に尾てい骨の下の方に堤防のように貼りつけてこれを堰き止めるはずだったのですが、ダラダラ垂れたアルコールがその堤防を難なく突破し、皮膚的に弱い部分にジワジワと浸みこんできてビリビリと火がついたようになってしまいました。おちんちんに火がついたかと思いました!さらに注射もかなり痛く、近来にない大きな試練となりました。

次は四十肩の注射ですが、その痛いのなんのって。「こんな痛い注射は初めてです」と言ったら「これを5回やるからね」というので、次回から来るのをやめようかと思いました。尾てい骨への注射も痛かったのですが、肩への注射はさらに痛かったのです。

注射が終わって治療の説明を受けるとき、60歳くらい(70歳との噂もある)の先生が「私も四十肩になった」とおっしゃるので「先生は誰に診てもらうのですか」と聞くと、「自分で診るんですよ」との答えでした。治療費は払うのか尋ねたら、看護師のおばちゃんがゲラゲラ笑って、先生はニタニタして答えません。

帰り道に考えました。八百屋さんが商売用の野菜を食べたら売上に計上しなければいけない、ということになっています。「マルサの女」の映画を見た人には自明のことと思います。いわゆる自家消費というやつです。医者が自分の息子を診てやったらどうでしょうか。モノとちがって役務(サービス)については自家消費という規定はないので、税法上は売上げをたてる必要はないということになっていますが、実際はどうなのか考えてみました。

医師が自分で自分を治療することは少ないかも知れませんが、自分の子供を治療することは多いのではないかと思います。床屋さんが自分の子を散髪してやって、その分を売上計上(事業所得へ算入)しても税金が増えるだけで何のメリットもありません。ですから「事業所得に算入する必要はない」などと云われなくとも算入しないと思います。

しかし、医療費の場合は保険制度がありますから、仮に1万円の治療費とすれば、自己負担分3千円は患者(の親)が治療代として払い、7千円は社会保険診療報酬として健保組合が払います。売上計上しなければ社会保険診療報酬が入らず一文の得にもなりませんが、税金がいくらか増えるにしても1万円の売上を計上して、健保組合から7千円貰った方が得です。わが子を診てやった時はやはり売上計上するんだろうな、と思いました。

では自分を診療した時はどうなのでしょうか。自分で自分の肩に注射し、健保組合に請求する先生はいるかも知れません。しかし技術的には可能でも、自分の尾てい骨に注射できる先生はいないと思いますから、そのような社会通念上合理的な範囲を逸脱する請求はしていないのではないでしょうか。


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