第44回「衝撃の学生寮」(2011年7月15日)

 家内が「最近のホームページ、あまりおもしろくないよ」というのですが、本当でしょうか。私は結構面白いと思っていたのですけど。仕方がないので、会計とは関係ありませんが学生時代の思い出をお話ししたいと思います。
 
 私が入寮して初めに割り当てられた部屋は北棟2階の3人部屋でした。同室の先輩は工学部の院生、山登りの好きな4年生の二人で、良くしてもらって楽しく暮らしておりました。
 入寮して半年近くたったある朝、先輩は二人とも出かけていて、私は午後からの講義なので一人でのんびりしておりましたが、どういうわけか部屋をきれいにしようという気になりました。まず、乱雑だった小テーブルから整頓しようと思いました。よく遊びに行く部屋はだいたいどこに何があるか分かっており、ふた付きのガラスビンを近くの部屋から黙ってもらってきてきれいに洗い、ビニール袋に入ったままの塩を透明のビンに、砂糖を茶色のビンにそれぞれ詰め替えてキチンと並べました。
 また、院生の湯呑が茶渋で汚かったので、建物の外に出て、談話室脇の日当たりの悪いところの砂でゴシゴシ磨いて真っ白のピカピカにしてもとどおり伏せておきました。湯呑の茶渋は砂でこすればきれいになることを知っていたのです。夕食後の部屋の団欒で、きれいになった湯呑に皆が気が付き、話題になりました。「へぇ、すごいじゃん、佐藤が磨いてくれたのか」などと感謝され、かなりいい気分でした。

 私はあまり褒められてこそばゆいので席を外し、机に向かって自分の勉強を始めました。私の部屋へしょっちゅう遊びに来ていた、院生の同級生がこの日も遊びに来ました。山登りの4年生も彼とは親しかったので、3人で何やらいつものように話をしておりましたが、突然、院生が「ウワーッ、何だこれは」と大声を出して騒ぎ始めました。
 部屋は18畳くらいの畳部屋で、誰が作ったか知りませんが、天井から針金のカーテンレールが吊り下げられており、薄手のカーテンが私の領域を囲むように取り付けてありました。私はそのカーテンを開けて、何事が起ったのか様子を見たのです。そしたら院生が、私が午前中にガラス瓶に詰めた塩を砂糖と勘違いしてインスタントコーヒーにたっぷり入れてがぶっと飲んだことが分かりました。

皆でげらげら笑ったのですが、「佐藤のやることには注意しないといけない」「そうだ、そうだ、油断してると本を捨てられちゃうからな(第●●話『学生寮で騙された』参照)」などという話になり、今度は、湯呑をどうやってきれいにしたのか尋問されることになりました。砂で磨いたと答えると、どこの砂かと聞くのです。談話室の脇と答えたら一瞬変な空気が流れました。そして院生の顔が引きつり、院生の同級生は大笑いとなり、4年生は下を向いて笑いをこらえているようでした。

 寮のトイレは建物の西のはずれにありました。建物は東西にとても長いので西側の部屋の人はいいのですが、東側の部屋の住人にとってトイレまで行くのが結構面倒なのです。院生も4年生も、寮ではかなり上品なほうで、そういうことはしなかったので気が付きませんでしたが、トイレまで行かずに2階の窓からおしっこする人がいたのです。寮の向かい側は団地でしたが、寮の敷地が広くて団地まで結構な距離があり、街燈もありませんでした。ですから夜間であれば、寮の2階の窓からナニを出そうが、双眼鏡でも使わない限り団地から見えるという恐れは皆無だったのです(下図参照)。

見取り図

 1階にも寮生が住んでいて窓を開けていることがありますから、2階の部屋側の窓から放尿することはありませんでしたが、2階の廊下側の窓から放尿する人は結構いたのです。談話室は1階の廊下側に飛び出す形で付属していましたが、誰が住んでいるわけでもなく、遠慮は全く無用でした。また談話室は建物の東の方にありましたから、東の方の住人がこうした行為をするのに談話室を見下ろす付近の2階の廊下は条件が揃っていたのです。確かに、談話室の砂を湯呑ですくい取った時何だかおしっこ臭いなと思いました。しかしそのような行為が実行されているとは夢にも思わなかったし、窓の真下までは行かずにかなり手前のそんなに臭くないところの砂をすくったので気が付きませんでした。

 責任を感じた私は何とか安心してもらおうと、「でも、砂でこすった後、洗剤できれいに洗いましたよ」と言いましたが役に立ちませんでした。院生は「俺は佐藤にいじめ抜かれて長生きできないかも知れない。」などと冗談めかしていましたが、ガックリ落ち込んでいるのがわかりました。次の日かその次の日か忘れましたが、寮に帰ると、団欒用の小テーブルの上の例の湯呑とは別に、彼の本棚の目立たないところに新しい湯呑が折りたたんだ白い布の上に伏せて遠慮がちに置いてあるのを発見しました。

 二度と使うはずのない不衛生な湯呑を捨てなかったのは、私に対する院生の心使いだったと思います。半年毎に部屋替えがあるので、私はほどなく違う先輩と同室になり、精神的にとても救われた気持ちになりました。思えば私はこの優しい院生と一緒の部屋となって、いろいろなご迷惑をかけました。彼はいい人、私もいい人だったのになぜか不幸な事件が続いて彼は大きなダメージを受けたのです。本当に彼は大変だったと思います。


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