第36回「理科が好きでした」(2011年5月20日)

書物から学ぶことは勿論大事ですが、実験や体験を通じてその理解を深めることはさらに大事だと思います。理科系科目の場合は、その気になればいろいろ工夫して実験や確認をすることが可能な場合が多く、またそうすることが大事ではないかと思います。

水酸化ナトリウムの学習を例にとれば、その化学式を習い、溶液に葉っぱを浸せば葉脈だけの栞(しおり)を造れるとか、何かの原料になるとか、その反応式はこうだとか、さらに毒性があるので取扱注意であるといった程度のことを学べば、受験勉強としては十分と云えるかも知れません。しかし私は高校1年生の時、この程度の知識で水酸化ナトリウムの現物を扱い、えらい目に遭いました。

理科好きの友人が化学部に入っていて、彼にくっついて化学部の部室に遊びに行った時のことです。たくさんの薬品の瓶が並んでいてその中に水酸化ナトリウムと書かれたビンがありました。中学の授業での記憶では、皿に載った水酸化ナトリウムの現物は、白色半透明の粒で湿気を吸ってふやけている感じでご飯粒そっくりに見えたものです。

ところが今、目の前にある水酸化ナトリウムは瓶に入った液体でした。「へえ、水に溶かしたやつも売ってるのか」と思いながらキャップを外し、内蓋をスポンと外したら、ブシューッと蒸気のようにすごい勢いで吹き出し、もろに私の顔にかかったのです。すぐさま水道で洗顔したので何ということはありませんでしたが、こんなことになるとは予想もできませんでした。
「水溶液のビンの蓋を外すとき、吹き出すことがあるから注意せよ」という記述は、当然ながら教科書にはありませんでした(ビンのラベルにも書いてなかったと思います)。そこまでの記述を教科書に求めるのは無理な話だし、経験した人から教わるということが重要になってくると思います。

高校の物理の授業で、電圧(V)、電流(I)、抵抗(Ω)の間に、V=I×Ωという関係が成立する(=オームの法則)ことを学びました。この法則式から① 電圧が一定なら電流と抵抗は反比例する、② 電流が一定なら電圧と抵抗は比例する、③ 抵抗が一定なら電流と電圧は比例する、という三つの命題が導けます。

ここで① によれば、電圧一定という条件下で、抵抗として使用したニクロム線が1/2になれば、流れる電流が2倍になることになります。私にはこのことがなぜか直感的に納得いきませんでした。この理屈が正しいとすると、電気コンロのニクロム線を短くすれば電流がたくさん流れ、お湯も早く沸くことになるけど、逆じゃないだろうか?という気持ちだったのです。

どうしても確認したくなりました。この時には我が家にも電気コンロがありましたので、そのニクロム線(抵抗)をコンロから外して一部を切り取ってそれをコンロの端子に繋ぎました。コンロのプラグを二股ソケットに差し込んで、抵抗が少なくなれば本当に多くの電流が流れるか、そしてその時どうなるのか実験したのです。

結果はすさまじいものでした。ニクロム線が一瞬青白く輝き、「バチッ」という音と同時に細かくちぎれてバラバラに飛び散ったのです。幸いちぎれたニクロム線が顔にぶつかることもなく事なきを得ましたが、恐ろしいことでした。抵抗のニクロム線を1/10位の長さにちょん切っていますから、短くなったニクロム線に膨大な電流が流れたのです。オームの法則は証明されました(本当にやる人はいないと思いますが、とても危険なので実験しないようお願いします)。

これについても教科書には「電圧をそのままにして、抵抗だけ極端に小さくして電流を流すのは危険」等とは書いてありません。そもそも教科書は、生徒単独による実験を前提に作成されていないと思います。どうしても授業で教師が補足することが必要だと思いますが、いかにベテランの教師でもまさか家でこんな実験をする生徒がいるとは予測できなかったでしょう。この件に関しては私だけが悪かったということです。

こういうことがあるからでしょうか、理科の授業では実験を一切しない学校もあるやに聞いています。しかし、実験でも工作でも運動でも少しでも危ないものは遠ざけるというだけではますます不器用な子供ばかりになるのではないでしょうか。教師がやっても事故は起きるかも知れませんが、学校で実験をしないからと自宅で我流の実験をやったらかえって危険ではないでしょうか。

全国の学校での経験を蓄積して対策を立て、各学校に開示するという体制をとったうえで生徒にいろんな体験をさせていくことが大事ではないかと思います。理科嫌いの生徒が増えていると聞きますが、実験をしない(できない)教師あるいは文科省に責任の大半があると思います。TVで時々拝見する「でんじろう先生」におカネを払ってでも、彼の開発した優れた様々な実験を採用すべきだと思います。

最近、転んでも手も出せない、トンカチで釘が打てない、ドライバーでネジ締めが出来ない、横断歩道がないと道路も横切れないといった子供や、ガソリンを扱う場所のそばで平気でタバコを吸うような大人がいるので驚いてしまいます。

今振り返ると、私は中・高生時代に結構危ないことをしていたなぁと思います。息子が同じことをやらかしたら雷を落とすと思います。しかし、当時の悪ガキ達がやっていた、カンシャク玉を人の足元で破裂させて逃げるとか、川で火薬を爆発させて魚を捕るといったことはしたことがありません。あくまでも授業の確認がほとんどでした。授業で実験してくれなかったためやむなく自分でやったにすぎません。私が理科の教師になっていたらひょっとしていい教師になれたかも知れませんが、逆に突拍子もない実験をして事故を起こしクビになっていたかも知れません。

結局のところ私は理科方面には進まず、会計方面に進んでしまいました。会計や税務では実験をして確認するということは特にありませんが、やはりこの分野でも体験はとても大事だなと感じます。例えば、住宅ローン減税を法令集等で調べたりしますがそれだけで十分かというと、結構大事なことは経験で身に着くような気がします。

住宅ローン減税希望者から、不動産登記簿や住民票等を受け取り、家屋の床面積、居住状況、ローン残高等をチェックして住宅ローンの控除額を計算し、次に課税所得を計算したら、課税最低限に届いておらずガックリきてしまったことがあります。所得税を払っていなければ減税はありません。最初にそのことを確認すべきでしたが、こういったあまりに初歩的なことは書物には書いてありません。所得税を払っていないのに還付請求に来る人がいるということはよく聞かされていましたが、所得税を払っていなくてもローンが組めるということは知りませんでした。一度経験すれば絶対忘れないのですが、なかなか書物の勉強だけでは気が付かないものだなと思います。

勿論経験だけでも不十分です。住宅ローン減税分を所得税から控除しきれないケースについて変更がありました。住宅ローン減税の控除額が20万円で、所得税が30万円なら20万円控除されて10万円納付となります。住宅ローン控除額20万円で所得税が15万円なら、20万全額は控除しきれません。控除しきれなかった5万円のうち一定額を翌期の住民税から控除できるようになりましたが、これなどは経験だけでやっていては気付きません。経験と勉強の両方が必要だと思いました。


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