第71号「租税教室」(2013年8月9日配信)

 株式投資を始めたのは30年ほど前からです。当時は株式投資をしても、取得した株式(株券)は「保護預かり」ということで預り証が渡されるだけで、株券自体は見る機会がありませんでした。株券がほしいと言えば渡されたはずですが、紛失しても困るし大多数の人が保護預かりを選択したと思います。

 監査で何度も株券の実査をしていたのですが株券の中央部分には金額ではなく株数が「千株券」というように印刷されていたように記憶しています。30年近くも前のことなので、額面金額が券面のどの部分に印刷されていたのかいまひとつ記憶がはっきりしません。手形や商品券のような細長い形ではなく、新刊書のような大きさとカタチの株券があったことだけは鮮明に記憶しています。

 それは兎も角、従来は額面株、無額面株の両方が存在していましたが、上場株式は時価発行が殆んどで資本金と額面金額の合計額との関連も切断され、額面金額の意味がなくなっていました。そのため10年ほど前の商法改正で額面株式は廃止され、無額面株式に統一されました。配当は1株につきいくらと決めれば十分だし、何株かさえ分かれば議決権行使も問題なく出来、額面株式が廃止されても誰も困らないというわけです。

 こうして時代の変化と要求により株式の額面はなくなってしまいましたが、紙幣や硬貨の額面は当然ながら今でも健在です。日本銀行券(紙幣)は国内では無制限に強制通用力が与えられていますから、受取拒否は出来ません。それに対して硬貨は強制通用力があるのは額面の20倍までと決められています。

 私が子供の頃、何かで読み知って、小銭をジャラジャラ大量に持ち込まれて「これを定期にしてくれ」と言われたら確かに銀行は困るよな、と思った記憶があります。ただ、現在では、硬貨を数える機器が銀行や郵便局にはありますから大量の小銭でも特に問題ないのではないか、額面20倍までとの制約はそのうち緩和されるかも知れないな、思っておりました。しかしごく最近、この制約について真剣に考えさせられることとなりました。

 それは近くの「駅西口小学校」で租税教室が開かれ、そこで子供たちを相手に税金の話をしたことによります。税金にはどんな種類があるか、国の収入・支出・借金はどの位か、さらには小学生一人当たり約85万円が教育費として使われていること、従って6年生4クラス120人で1億円になることなどを話しました。そして実感を持たせるべく1億円の札束はどの位のモノか、レプリカを見せたのです。

 「駅西口小学校の授業で使うということで、日本銀行の『駅西口支店』で無理に借りてきた」と言いました。レプリカを運んだ旅行バッグを見せながら「日本銀行本店から送られてくるロック解除電波をこのカギが受信して9時55分から5分間だけ開けることができる」などと付け加え、おもむろにカギを開けました。純朴な子供たちは歓声を上げました。なんとかわいい子供たちでしょう。

 視力抜群の子がいて「あれっ、『見本』ってかいてある」と言いましたが「盗まれないように一番上だけそうなってるんだよ」と元気な子がフォローしてくれました。それでも偽物と見抜いたのか数人の冷めている子がいたので、計画どおり次の手を繰り出しました。この1億円を1万円札じゃなく1円玉に両替したらどのくらいになると思うか尋ねたのです。

「1億円だから1億枚ジャン」「1円玉って何グラム?」などと活発に喋ります。「1円玉は1枚1グラムだよ」「じゃ、1億グラムだ」「すると何キロ?」などと話がドンドン目指す方向に進展します。頭の回転の速い子が何人かいて反応してくれるので全く手間がかかりません。

 そこで「いち、じゅう、ひゃく、せん、………」と言いながら黒板に大きく100000000gと書きました。「数字が大きすぎてなんだかよく分からないよね。キログラムに直してみよう。」「1キログラムは1000グラムだよね。だからグラムを1000で割るとキログラムになるよね。この1億グラムを1000で割るよ」と、右からゼロを3つ消してkgと書きました。「ウーン………十万キログラムか。まだよく分からないね。キログラムを1000で割るとトンになるよね。もう1回1000で割るよ」と、またゼロを3つ消してトンと書きました。「百トンか、百トンってどのくらいだろう。………」

 小学生には実感がわかないようです。ちょうど学校の近くが再開発中でダンプカーがひっきりなしに走っていました。「あのダンプカーは大体10トン積みなんだよ。だから百トンってことはダンプ10台分ってことだね。1億円を1円玉に両替するとダンプ10台分になるんだよ。」ここで子供たちは冷めた子も含めて皆大いに驚き、教室中がどよめきました。

元気でかわいい小学生相手の楽しい租税教室を終え、帰宅しました。そしてふと例の額面20倍までの制約を思い出したのです。いかに高性能の硬貨カウンターを備えていようが、「定期預金にしたい」と、ダンプカーで運び込まれた1円玉1億枚(そんなに確保できるだろうか?)に強制通用力が認められたのでは大ごとです。銀行は業務遂行が不可能になるな、としみじみ思いました。20と云う数字は少なすぎるようにも見えますが、いやがらせや業務妨害の阻止のための制約なら妥当な線かなと改めて思った次第です。


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