第73回「入門書にご用心」(2012年2月24日)

 1週間お休みをいただきました。お陰様で少し本を読むことができました。どんな分野であれ定評ある書物というものは繰り返し読むだけの価値があると思います。

 息子の教科書を眺めたのですが、教科書ってこんなに素晴らしいものだったのかと改めて感じました。政治経済などは、多少なりとも社会制度やその仕組み、会社や世の中の実際の動き等が実務経験により分かってきているので、同じ教科書を読んでも中学生と大人では理解の度合いが異なるのだと思います。
 大人で「教科書は無味乾燥でつまらない」などと云う人がいますがその人は中高生時代の記憶で話しているだけで、本当は大人になってからは教科書など読んでいないのではないかと思います。

 教科書だけでなく基本書についても同様のことを感じます。定評ある基本書は再読すると必ず新しい発見があります。一回目には理解できなかった箇所が2回目以降はすんなり理解できることも少なくありません。ダンシャリと称して物をすぐ捨てるのが賢い生き方のような風潮があります。2度と読む価値のない本は確かにありますが、本をポイポイ簡単に捨ててしまうのはどうかと思います。ダンシャリ的賢い生き方をしているうちに今度は自分があっさりと捨てられた、とならなければいいがと思います。

 そんなわけで、税金関係の本にも気に入っている基本書があります。所得税に関しても気に入った基本書があり、それは結構分厚く必要な項目はほとんど網羅されています。さらに使い慣れているので何がどこに載っているか大体わかります。調べる際に極めて重宝するので、今回の申告会場にも持参しました。疑問点が出たらこれで調べればよいと考えたのです。相談者にバレてもどうということはないのですが、税理士が基本書読んでるというのも恰好がつかないと思い、何の本か分からないように本のカバーを裏返しにしてかけ直し、外れないように糊付けしました。用意万端整えて出陣したわけです。

 相談者の中に根掘り葉掘り聞いてくるエラく勉強熱心な人がいました。そして私が見ていた所得の速算表に興味をもち、申告書が完成して帰る段になって「さっきの細かい数字がびっしり並んだ表は何ですか? なんという名前なんですか?」と聞くので、そのページを開いて見せました。表の名前は「簡易給与所得表」というのですが、そんなどうでもいいことは正確に覚えていなかったし一人にだけあまり時間をかけるわけにもいかないので、見せるから自分で勝手にながめてくれという気持ちだったのです。
 彼はそこを見た後、本の頭の方ををパラパラ見て「へえ、こんなに分厚いのに入門書なんですか。やっぱり税金は難しいんですね。」と言ったのです。「しまった」と思いました。 カバーと表紙のタイトルは完璧に隠れていたのですが、表紙をめくった次のページにも本のタイトルが記載してあったのです。本のタイトルは情けないことに「所得税 入門の入門」だったのです。

 体中から冷や汗がプチッと吹き出るような感じがしました。が、意外にも「これね、こんなタイトルですけど、中身は詳しくてエラく探しやすくて手放せないんですよ。」などと旨いセリフがスムースに出たので助かりました。心底そう思っていたので咄嗟に言葉として出たのだと思います。

 帰宅後、二つ連続している「入門」の文字の一つを消しました。ラベルを貼ったのですが、ラベルだけでは透けて見えるので、修正テープで消してからラベルを貼りました。脇の下や背中に悪い冷や汗をかかずに済むように、用心の上にも用心を重ねなければいけなかったな、用意万端整っていなかったな、と反省しました。入門書をお使いの方は是非ご注意を!。


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