第32回「品格とグリーン車」(2011年4月22日)

最近、いろんなところで品格が問われているようです。私も、少しでも品格を感じてもらえるように、身だしなみやら振る舞いやらに気を付けなければと思ったり、逆に、そんなことにカネをかけたり気を使ったりしても変わるものかなどと色々考えております。

20年くらい昔の話ですが、品格にかかわる大きな事件について面白い話を聞きました。その出来事は私の体験ではありません。先輩のA会計士の友人のB会計士の話です。話はAさんから聞きました。

Bさんがある被監査会社(=監査を受ける会社)に監査に行くにあたり、交通費は会社負担という契約だったので、前もって会社から新幹線のグリーン車の乗車券が送られてきました。彼は新幹線のグリーン料金に殆ど価値を認めなかったようで、これを払い戻して普通車の切符に変更してしまいました。

当日Bさんは、普通車両のそれも自由席に座って出かけました。新幹線が目的の駅に到着し出口に向かってホームを歩いていたら、何処かで見たことのある男性が二人、グリーン車両の乗降口付近に「どうしたのかなぁ?」という顔をして立っていたのだそうです。

目と目があって数秒経過し、Bさんは全身から汗がふきだしたということです。というのも、その二人の男性は、これから監査に行く会社の経理部の社員で、Bさんを迎えに来ていたのです。Bさんは恥ずかしかったでしょうが、迎えに来ていた男性も困ったと思います。全員、会話に窮したのではないでしょうか。

監査の際の監査人の往復運賃について、監査法人の役員ともなると異なる考えの人もおりました。経費節減したい会社側に対して、グリーン車に乗るだけの仕事をしているという強い自負を持ち、あくまでグリーン車を要求する会計士が昔はいたのですが、さすがに今ではこうした会計士は少ないと思います。その位のプライドを持てるような仕事をしろとも教わりましたが、やはり社長が普通車なら監査人も普通車というのが自然だと思います。そのことで会計士の品格が落ちるなどということはないでしょう。

ただし、頂いたグリーン乗車券を払い戻してバレたとなると話は少し違うかなという気はします。グリーン料金の払い戻しは、役職の高い人がやったらアウトだと思いますが、若手なら当時であれば笑い話で済む話だと思います(ただし、今では相当高度の倫理が求められていますから多少マズイかも知れません)。要は、100%自分だけの世界での節約は美徳ですが、相手の立場、その場の雰囲気等への配慮を欠くような節約をすると品位を欠くということになるのではないでしょうか。

上場予備軍の会社は、開発や営業にはお金をかけますが、経理や総務といった管理部門のコストは極端に切り詰めているのが普通です。こうした会社はそれだけでなく、同乗者との関係等もありますが、社長でもグリーン車には乗らないということは珍しいことではありませんでした。いつだったか、トヨタの社長がプライベートではカローラに乗っているとの新聞記事を見たことがあります。自分に自信があったのでしょう。

政治家や公務員ではどうなのでしょうか。長らく経済が停滞し、海外へ出かけた政治家が、一泊何十万円のホテルに宿泊したりすると、この財政の厳しい折に何だ、庶民の苦しみが分かっているのか、という話になります。その一方で、都知事や総理ともなると、宿泊先で各国の要人と会わねばならない場合もあるだろうから一概に贅沢とは言えないという意見も聞きます。確かに一理あるなと思います。一国を代表する政治家が清貧やら庶民派ばかりをウリにして、いざ晴れやかな国際舞台に出たときに気後れしてしまって体調を崩して欠席してしまうようでも困ります。

しかし、外国要人に対する礼儀を守り敬意を示すことが、超高級ホテルへの宿泊が許される根拠だとすれば、そうしたホテルへの宿泊が許されるのは、議員であれ議員以外の公務員であれ、各国の要人が訪ねて来るような大物に限定されるべきだと思います。大物についていくだけの議員までご相伴にあずかる理由はないと思います。このことは国家財政が厳しいとか、潤沢とかは関係ないと思います。

グリーン車に乗るから、一流ホテルに泊まるから品格が生まれるわけではないと思いますが、品格を保つには民間であろうが役人であろうが、相手や状況に応じた出費も必要ということだと思います。税務上よく登場する「社会通念上相当な範囲」とか「不相当に高額な場合を除き」等というのも、その根底には品格の保持と云うことを念頭においているのではないでしょうか。

東日本大震災という国家的危機に直面して、多くの国会議員が今何をしているのかが良く見えて来ません。ただ募金活動をしているだけとも聞きますが、政治家には、被災地に入って現状を自分の目でしっかり確かめた上で、今なすべきことを政治に反映してもらいたいと思います。その際、何が品格の保持に必要にして十分かを状況に応じてよく考えて行動してもらいたいと思います。

東北新幹線「はやぶさ」の「グランクラス」が、国会議員のJR無料パスの対象外とされたそうです。国会議員の無料パスは現行法上はグリーン車までですから当然のことであり、JRにしては久々のヒットだと思います。公務員に付与される恩恵は、たとえ公務遂行に係わるものでも必要最小限に制約されるようになってきました。政治家だけが例外というわけにはいかないと思います。今回の東北新幹線はやぶさの「グランクラス」の件が、議員の過剰な特権見直しの契機になることを期待します。


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