第79回「3連続パンチ」(2012年4月14日)

 髪が伸びてきたので床屋に行くことにしました。前頭部は淋しくなってきたのに後頭部は相も変わらずボサボサと生えてきてうっとうしくてたまりません。散髪の後は洗髪したいので最近は天然温泉に行きます。家内がなぜか本当の名前で呼ばす、「大黒湯」と呼んでいる(第33話 楽しい日本語 参照)例の温泉です。この温泉では、同じ施設の中で千円床屋が営業しているのです。

 床屋を覗いたら旨い具合に客が一人もいません。券売機に会員カードを入れて散髪券を買おうとしたらカードが入っていきません。もう一台の券売機で試してみたら入りました。しかしランプが付かず、ボタンを押しても券が出てこないのです。そのうち温泉施設の店員がでてきてあれこれ試しましたがうまくいきません。新しい試用のカードでやってみたらちゃんと機能したので、私のカードの磁気データが壊れたのかも知れないということになり、カードの再発行をしてもらいました。

 新しいカードでようやく券を買って床屋に入ったのですが、モタモタしていた間に客が3人も並んでしまいました。いつもは2~3人いる理容師が今日は一人なので、順番が来るまで時間がかかると思い、先に温泉に入ることにしました。大風呂に入って肩をよく揉みほぐしました。8カ月になるのに五十肩がまだ完全に良くならないのです。治療費をケチって通院をやめたせいかも知れません。

 肩が大分いい感じになった所で、今度はジェットバスの「強」に入りました。ここのジェットバスは、浴槽はひとつですが内部が金属のパイプで3つに仕切ってあり、一度に3人まで入れます。ジェットの強さが「弱」、「強」、「超強力」と異なるのですが、「超強力」はどこかのオヤジが随分長いこと占領しています。「強」と「弱」は空いたままでした。私は「超強力」が好きでこれに入りたかったのですが、やむなく「強」で我慢することにしました。

 私が「強」に入るとすぐ、隣の「超強力」に入っていたオヤジが私の耳元に顔を近づけると「そこにウンチがあるから気を付けた方がいいよ」というのです。びっくりして「えーっ、ほんと?」と聞くと「茶色いのが見えたからウンチに間違いない」と言うのです。私はあわてて浴槽からでるとシャワーを浴び、服を着て大広間に戻りました。

 お清めのビールを飲みながら考えているうちイロイロ疑問が湧いてきました。
①:あのオヤジはウンチが漂っている浴槽と知りながらなぜ平気で入っているんだろう
②:浴槽は入浴剤のせいで濃い紫色なのになぜウンチが茶色にみえたんだろう
③:超強力なジェットのせいで浴槽一面が白い空気泡でおおわれているのに本当にみえたのか
④:お湯が循環しているから、超強力なジェットの噴きだし口まで流れてきたらその途端に砕け散ってしまうはず。本当に漂っていたのか

 もう、賢明な皆様はお分かりだと思います。そうです、このオヤジは自分のウンチだから入浴したままで平気なのです。あとから入ってきた人がウンチに気が付いて騒ぎ出せば、長時間ひとりで入っていた自分が疑われる、ということに気付いて機先を制して「ウンチがあるよ」などと教えたに違いありません。ただ彼はあまり頭は良くないので、上記①~③の矛盾点まで気が回らなかったのでしょう。

 爽快とは言えない気分で床屋に行くと客は一人に減っていました。逆に女性の理容師が一人増えて理容師は二人になっていたので、すぐに俺の順番が来るな思い、椅子に腰かけているとオヤジの理容師に「足に髪の毛が付くからスリッパを履いて下さい」と注意されました。素直にスリッパを履きました。そしてスリッパを履いたまま脱衣場の鍵を返却しようと温泉の番台まで行くと今度は番台の女に「床屋のスリッパでこちらへ来ると髪の毛が散らばります」と注意されました。

 いつもは床屋に入るときはスリッパを履き、じっと待っていたのですが、ウンチの件で心の平静を失っていたのだと思います。連続で2度も注意されて実に不愉快でした。ウンチを含めると3連続パンチを浴びたような感じです。私に小言を言ったオヤジ理容師ではなく女性の理容師に散髪してもらえたことが唯一の救いでした。


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