第83号「大御所先生と家内」(2014年11月22日配信)

 週2回講義をしている大学で、控室で昼食をされる先生がいらっしゃる。まだ名前も存じ上げないが貫禄があり雰囲気から相当な先生のようで、私は勝手に大御所先生と名付けている(以下、敬語省略でいきます)。授業は曜日で決まっているから、後期の9月から同じ曜日に大御所先生と顔をあわせることになった。先生はいろいろおもしろい話をしてくれるので楽しみにしている。
 ある日、2時限の授業を終えて控室で休憩していたら先生がいつもより遅れて弁当包みを持って現れた。応接セットのテーブルに包みを置き、開いて中の弁当箱に手をかけて「あっ、えらい失敗をした」という。「箸でも忘れましたか」と尋ねた。箸なら予備にたくさん持っていたのだ。「いや、箸よりもっと大事なことです」というので、何かと思ったらご飯を詰め忘れたという。それは大変だと思ったが何ともできない。私は昼食はコーヒーだけにしているのでご飯の予備はない。必死で考えて「おかずを忘れたよりはマシとお考えになったほうがよろしいと思います」などと変なことを言ってしまった。
 先生は、時間もないしおかずだけで我慢しようと覚悟を決めたようで、おかずだけ食べ始めた。食事の間、物忘れや認知症の話で盛りあがり、楽しい時間であった。食事が終わると先生はいつものように空の弁当箱を水道で洗い始めた。
洗いながら「今度からはご飯を先に詰めればいいんだ」とおっしゃった。どっちから詰めても同じではないかなと一瞬思ってしまった。先生がその根拠を述べた。「おかずはテーブルに載っていて見えるから忘れないんです。ご飯は電気がまの中に隠れていて見えないから詰め忘れていても気づかないんです。」
 これを聞いて、本当にその通りだと鋭い分析に大いに感服した。物忘れや認知症の話の合間に、失敗の分析をし解決策を発見していたのである。さすがは大御所先生、企業経営にも通ずるものがあると久しぶりに感動して帰宅した。
 帰宅した途端、テレビを見ていた家内が「お帰りなさい」も言わずに「パパ、わたしヒモが欲しい」と言う。すこしカッとなって「そんなもの店で自分で買って来い」と言ったが、少し話が変だ。物をしばる「紐」ではないようだ。テレビではお金持ちの爺さん社長の後妻になって毎日買い物してるご婦人の日常という実にくだらない番組を放映していた。金持ちに引っ付いてセレブな生活をしたくてたまらなくなったらしい。それなら「ヒモが欲しい」ではなく「ヒモになりたい」と云うんだ。ヒモに取りつかれたら大変じゃないか。
 それにしても大学と我が家でなんという大きな落差!
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