第78号「超珍品」(2014年3月21日配信)

  今年は暦の関係で、給与・年金所得者の確定申告期限が3月17日であった。例年どおり無料申告相談の相談員として何日か参加した。無事終了と言いたいのだが、今年は大事件が起きてしまった。原因は震災復興所得税だ。震災復興のための財源確保ということで、これまでの所得税に2.1%上乗せされる分について文句をたれた納税者(以下、オヤジ)が登場したのだ。

 給与所得や年金所得の場合、源泉徴収と云う形で所得税が天引きされている。しかしこの天引き額はあくまでも仮の金額である。その給与所得者や年金所得者がどれだけの医療費を払ったか、副収入がどのくらいあるのか、扶養家族が増えたか減ったか等は給与支払者や年金支払者には分からない。だからこれらに該当しながら年末調整を受けなかった場合は、本人からの申し出(=確定申告)によって医療費や副収入等を考慮した正確な所得税額を再計算するのである。
 そして正確な所得税額から、源泉徴収で天引きされた仮の所得税額を差し引いて、残額がプラスなら追加納付だしマイナスなら還付(返却)と云うことになる。 平成25年度からは、源泉徴収分は震災復興所得税込みで計算されており、確定申告の再計算でも当然震災復興所得税が上乗せ計算される。

 無料申告相談にやってきたこのオヤジは、自分が作成してきた申告書にこの上乗せ分が漏れていることを受付で指摘され興奮してしまったのだ。そして「源泉の時点で震災復興分をとられ、確定申告でもまた取られるのは二重取りだ、ナットクできない」とわめきだした。受付は態度も言葉も穏やかに説明するのだが、このオヤジは全く聞く耳を持たなかった。壊れた蓄音機(溝が傷ついたレコード盤)のように執拗に「ナットクできない、ナットクできない」と繰り返すのだ。
 私は自分の仕事があるので聞き流していたのだが、どう考えてもこのオヤジは、「所得税額を再計算し、そこから源泉徴収分を差し引いて不足なら納付、過剰なら還付」という基本的な仕組みが分かっていないようだった。受付職員は、人の話しを聞こうとしないこのオヤジを持て余し、相談者の切れ目を狙って私に振ってきたのである。私は図を描いて分かり易く説明し、このオヤジも理解したようだった。

 ところがこのオヤジは照れ隠しなのか分からないが、素直に「分かった」とも「ありがとう」とも言わないのだ。今度は「こんな計算法では普通の人は理解できない。復興分と分けて計算しろ」「俺は公務員を40年やってきたがこんなわかりにくい書類は初めてだ」「この手引きを作り変えろ」などと苦情の内容をすり替えて相変わらず粘ってくる。その日は特に相談者が多くて待ち時間も相当に長くなっているのに。
 そして受付で訂正された申告書を示して「せっかく綺麗に書いてきたのに訂正されてこんなに汚くなった。恥ずかしくて提出できない。」と言う。「汚くなっても二重線で消すのが正式な訂正法ですから」というと「汚いとは何だ」と絡んでくる。「自分で汚くなったと言ったでしょ」というと興奮したのかこのオヤジは私の頬をペシャっと殴ったのである。
 いかに穏やかな私でもこれにはカッとなりこのオヤジの横っ面に同等のお返しをした。オヤジのメガネが吹っ飛んだ。職員が駆け寄ってきてなだめにかかったが「納税者に対して何だ!」だの「メガネを飛ばされた」だのわめいている。自分が先に手を出したことは全く気にしていない。職員がなだめ説得しようとしてどこかへ連れて行った。甘やかさずに警察に引き渡せばいいのにと思いながら見送った。

 小1時間もたっただろうか。平穏に仕事をしていたら、とっくに帰ったと思ってたこのオヤジが又やってきて「おい、お前ちょっと来い」と言う。ご夫婦の納税者と相談中だったのだがそんなことにはお構いなしに割り込んできたのだ。こうなると業務妨害以外のナニモノでもない。
 60歳をすぎたオヤジだがこの非常識にはひとこと言ってやろうと思って立ち上がった。「何の用?」と言ったら「ほらほら、今の言葉を聞いたか。こいつは納税者を馬鹿にしている。こういう奴なんだ」などと一緒についてきた統括官に訴えた。自分の暴言・無礼は意識の外に飛んでいる。
 これには相談中の納税者の奥さんが切れてしまい「今、やってもらってる最中じゃないの、何なの、いきなり割り込んできて。こんな人よこさないでちょうだい」と怒鳴った。
 統括官がまたオヤジをどこかへ連れて行き再度説得にかかったようだが、それにしてもこの繁忙期に迷惑この上ないオヤジであった。

 納税は全国民の義務であり、納税者だから特別偉いと云うことはない。納税者が公務員より偉いということもない。公務員も納税者だからだ。納税者が偉いとすれば全国民が偉いということで、特にどうということではないのだ。納税者だからといって自慢することではない。
 現在のわが国は長年にわたる常軌を逸したバラマキで財政赤字は途方もない金額に達している。国の財政を家計に例えると、大雑把に言って45万円の月収の家庭が借金しながら毎月90万円ずつ消費している、ということなのだ。いつまでも「納税者の皆様」だの「ぜひ申告納税にご協力を」などと悠長なことを言っていられる状況ではない。今後の増税は必須なのだ。
 こういった状況下にもかかわらず自分が納付した何倍もの年金を支給されていることを年金受給者の一部は知らないようだ。震災復興への僅かな上乗せ税に対し延々と大勢の前で文句を言って業務を遅延させる。言葉に詰まると手を出す、税金を払ってやっている納税者は何を言ってもやっても許される、と勘違いしているこんなオヤジが他にも大勢いるのだろうか。いるかも知れないが少数であって欲しい。超珍品であることを願わずにはいられない。

(追記)このことに関してはその後私もイロイロ考えた。オヤジにしてみれば折角自分で申告書を書いてきたのだから、まずは「おっ、最後まで出来てますね。有難うございます」等の一言が欲しかったのかも知れない。それなのに長時間並んで自分の番が来たと思ったら早速間違いを指摘され、横棒で訂正され、説明を聞いてもよく分からないとなると興奮するのも分からないでもない。挙句の果てに自分から先に手を出したとはいえお返しを食らってメガネを飛ばされて「散々な一日」だったことだろう。しかしこうした「散々な目」と云うのは誰でも何度かは経験することだろう。オヤジにはくじけず立ち直って欲しい。
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