第77号「大トロの哲ちゃん」(2014年1月31日配信)

 息子の運動神経の鈍さは幼少の頃から際立っていた。初めて息子を連れて箱根に行ったときのことである。荘厳な雰囲気が好きで、箱根に来たときは必ず箱根神社に参拝している。息子に何か願い事があるか聞くと「ある」という。そこで、このツナをゆすってジャラジャラ鳴らしてお金を入れて、2度お辞儀をして、パンパンとかしわ手を打って………と参拝の作法を教え、お賽銭を手渡して真似させようとした。
息子は教わったとおりにまず太い綱をすこし動かしてカサカサと音を出し、お賽銭をほうったのだがこれが見事に外れて賽銭箱の手前にチャリンと落っこちたのだ。大きなお賽銭箱に、こんな近くから狙って外れるとは!あまりの鈍さについ叱りつけてしまった。神様の前で何という情けない光景!これではご利益も何もあったものではない。神前で腹を立てた自分に罰が当たりそうな気がしてきたことでさらに腹が立ってきて、参道を引き返しながらまた息子を叱ってしまった。楽しい旅行でニコニコだった息子はすっかりふてくされている。後で分かったのだがこのとき家内は面白がって、こっそり息子のふくれっ面を写真に収めていた。
 ところで賽銭と言えば、最近シックリしない体験をした。霊験あらたかと人から聞いた神社へお参りし、見事にご利益を頂いたのでお礼に出かけた。奮発して賽銭箱に千円札を入れたのだが、硬貨と違いフワフワして中へ落ちていかないのだ。賽銭箱の一番上の格子状の第一関門は通過したのだがその下の2枚の板の隙間の所に丸見えの状態でお札が乗っかってしまったのだ。これでは悪人に盗られてしまうと思い、格子の隙間から手を入れて中に押込もうとしたが、焦っているので上手くいかない。
モタモタしてると逆にこちらが泥棒と疑われてしまうので、早々に切り上げて逃げるように帰ってきた。こちらは何も悪いことはしていないのに悪いことをしたような変な気分になってしまった。

 わき道にそれてしまったが話を戻そう。息子はその後も運動オンチぶりを発揮した。小学6年生の頃だったと思うが、家内が正月の準備で障子を張り替えていた。綺麗に張り替えられた障子が畳の上に裏返しの状態でペタッと置かれていた。「へー、職人みたいじゃないか」などと感想を言うと家内も心なしか誇らしげな様子であった。そこへわが息子が帰ってきた。そしてまっしぐらにこちらへ進んで来て何故か障子の脇で何の必然性もなくよろけたのである。と思う間もなく「バリッ」と云う派手な音をたてて左足で張り替えたばかりの障子戸を踏み破っていたのである。この時はなぜか怒る気持がまったく湧いて来ず、ただ家内と二人で大笑いとなったのは、今思えば不思議である。

 ごく最近のことだが、息子が冷凍庫からアイスクリームの容器を取り出してテーブルの上でスプーンですくって小皿に取り分けていた。2kg位のケース入りのやつだ。こっちは気にも留めずにテレビを見ていたが、突然バターンという大きな音に振り返るとアイスのケースが床の上に落ちて逆さまになっていた。予想もしない出来事が現実に起き、いつもながら大いに驚いた。
 広いテーブルには何も載っておらずアイスを取り分けるには十分すぎる広さであった。端っこで取り分けていたわけではない。ほぼ中央部あたりにアイスのケースを置いており、作業し易い環境だったはずだ。どのようなことをすればケースを落とせるのか不思議になる。彼はどういう状況でアイスが落ちたのか説明しようとしない。聞いても「箱が勝手に動いて落っこちた」などと言うに決まっている。どんなことをやったのか何をどうやって落っことしたのか是非とも知りたいものだ。

 以上、思いつくままに不思議な現象を並べてみた。あまりにもトロイので大トロの哲ちゃんと呼ぼうかと考えているくらいだ。ところがこの息子が一輪車に乗れるのである。運動神経が欠落してしまったような息子が乗れるのだ。あの当時彼は相当に頑張ったのを私は今でも覚えている。頼むからあのときの頑張りを又見せておくれよ、哲ちゃん。
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