第7号「キャッシュフローは万能か?」(2012年5月18日配信)

これまで何度かキャッシュの重要性についてふれてきましたが、それに関連してだいぶ前から気になっている事があります。それは、通常の発生主義に基づく損益計算書では実態が分からない、キャッシュフロー表こそが真実を伝えており、これを押さえなければ企業の実態は分からない、といった発言にちょくちょくお目にかかることです。

確かにキャッシュフローは大事ですが、損益計算書に代わるものではありませんし、それを超えるものでもありません。粉飾の発見についても、キャッシュフロー表さえあれば粉飾は必ず発見できる、というようなことはありません。損益計算書や貸借対照表単独で調べるよりも、キャッシュフロー表と併用して分析すれば、矛盾点を発見しやすいだろうとは云えます。

企業の過去・現在の収益力を把握したり、そこから将来を予測し今後の方針をたてようとするなら損益計算書(特にリアルタイムのものが有益です)が最重要です。ただ、損益計算書には資金ショート防止の機能はありませんから、近い将来の資金の動きは別途検討が必要となります。しかし、それはキャッシュフロー表でも分かりません。資金繰り表が必要となります。

そもそもキャッシュフロー表は損益計算書および貸借対照表から作られた、キャッシュ増減の内訳表にすぎません。キャッシュフローの一部を構成する営業キャッシュフローの赤字は要注意ですが、業容の拡大期にはどうしても赤字になります。現実に会社が存続している以上、会社全体のキャッシュの実績値がマイナスになるはずはなく、マイナスになったときは会社はすでに倒産しているのです。キャッシュフローの分析からある程度将来を予測することはできますが、資金ショート予測機能はありません。

ここで会計における費用の認識の仕方にかんして、「発生主義」と「現金主義」について説明したいと思います。今も多いのかどうか知りませんが、カード破産者の増加が話題になった時期がありました。実際には贅沢な生活をしているのに、すぐには支払請求が来ないため、消費している、お金を使っているという感覚・緊迫感が湧かない、ということでしょう。
企業の実態を伝えるのは、現金の動きとは無関係に、実質的に財貨やサービスを費消したか否かで経費を認識する「発生主義」に基づく会計であって、現金の動きに従った「現金主義会計」ではありません。家計に関しても同じです。おカネだけを重視するのは問題があります。

発生主義というものが理解されにくい例として、JRの前身の国鉄が大赤字を垂れ流して騒がれていた時に、「減価償却費を計上しなければ、国鉄は黒字になる」と主張した人を思い出します。確かにキャッシュを重視し、キャッシュが流出する経費だけを費用として計上すれば、国鉄の損益計算書は黒字になったかもしれません。しかし、設備更新の体力が蓄積されないまま見かけ上は黒字が10年、15年と続いたのちに、見事に破たんすることになったはずです。

将来のキャッシュフロー(キャッシュフロー表とは異なる)を現在価値に割り引いて、何らかの判断に利用するという手法が普及してきています。しかし、割引計算に使用する割引率も将来におけるキャッシュフローの見積もりも常に確たる根拠に基づいているわけではありません。このような手法が有効となるのは、将来に関する信頼性の高いデータが入手できる場合に限られます。

よくわからない人がわかったような顔で話すキャッシュフロー(表)重視の話は鵜呑みにしないことが大事です。そんなことより「資金繰り表」を怠りなくチェックするほうがはるかに大事です。キャッシュフロー(表)は、資金繰り表とは別物です。


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