第63号「簿記は初級でも難しい」(2013年6月14日配信)

現在、まったくの初心者に簿記を教える機会を頂いて奮闘しております。これまでも簿記を教えた経験はありましたが、ある程度簿記を学んだ人を対象とするもので、まったくの初心者に説明するのは初めてで、これがなかなか自分でも勉強になることで非常に有益です。以下、多少簿記の仕組みに関する理解が必要です。

初心者ですからこちらの質問に対する回答が不正解、と云うことは珍しくありません。これが言葉によるやりとりだと質問も回答もその場で消えてしまって残りませんから「うーん、違うなぁ。初心者には難しいのかなぁ」で終わってしまいます。

ところがテストをしてみると、答案は返却するまで手元に残っていますから何度も読み返すことが出来ます。そうすると、意外にも学生の回答がいろいろ考えた末の回答であることに気がつきます。

例えば、100万円を「元入れ(もといれ)」して業務を開始したときの仕訳は?と云う問題に対して「仕訳なし(=記録、記帳不要)」と云う回答が登場します。これを単純に「理解できたないな、勉強してないんだな」と判断してはいけないということです。

簿記の教科書では、『契約しただけでは簿記上の取引に該当せず(つまり仕訳なし)、現実に何らかの確定的な財の移動があって初めて仕訳が必要となる』、という説明をしているわけです。ですから『元入れといっても自分のカネを入れただけで、財貨が移動したとは云えないし、会社の登記なんて単なる契約みたいなものだから………仕訳不要じゃないかな』と考えても不思議はありません。

あるいは私が、当然分かっていることとして省略して説明したことを、学生が真っ正直に捉えたための誤解もあります。例えば、時間の節約を図って「借方」・「貸方」と書くべきを「借」・「貸」と板書すれば「オッ、それで大丈夫なんだな」と勘違いし、正式な専門用語として答案に書いてしまう学生がでてしまうのです。

あるいはまた「買掛金支払のために額面150,000円の小切手を作成したが、翌日渡すことにして金庫に保管した」場合の仕訳として、
(借方) 現金  150,000円  / (貸方) 資本金  150,000円
という答案が出てきます。この『小切手の作成(発生)は現金の増加』と云う判断は、『他人振り出しの小切手なら』という条件を忘れているという難点はあるものの、そんなに突拍子もない誤解ではありません。
また、資本金についても「資本金なんか出てくるはずないのに」と即断してはいけないのです。『自分の個人的資金を提供して会社(お店)のカネとして会社(お店)の金庫に入れることを「元入れ」といって、使う勘定は「元入金」「資本金」である。』と云うテキストの説明を彼は思い出したのでしょう。

他にも沢山ありますが、このようにうわべだけで判断すると大間違いにみえるのですが、実はマジメに考えたうえでの不正解と考えられるケースがとても多いのです。そうした誤解を生じさせない説明を私はしなければいけないわけです。初心者の素直な疑問点や誤解は本質を突いていることが多く、彼ら・彼女らがどういう誤解をしやすいのかを考えることは、私が分かったつもりでいたものの実は深く考えていなかった等、ことの本質を確認できるよい機会になっています。


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