第5号「パン焼き器」(2012年4月27日配信)

自宅で調べ物をしていたら、家内が不満そうな面持ちでやって来ていきなり「パパ、私のパン焼き器蹴らなかった?」と聞くのです。「そんなことするわけないだろ」と答えると「だってこの前パン焼き器で火傷したでしょ。その時カッとなって蹴ったんじゃない?」

ここで少し説明が必要となるのですが、1週間ほど前に家内がパン焼き器でパンを焼きました。パンは焼きあがったのですが家内は出かけていたので、私が焼き上がったパンを取り出したのです。入れたままにしておくと湯気でパンがびちょびちょになってしまうからです。パン焼き器のお釜の余熱が勿体ないので体のあちこちに当てて温めました。

もちろん衣服の上から押し付けたのですが、お釜は相当に熱かったので衣服をとおして冷えた体に熱がじんわり伝わってきていい具合でした。ところが、腰のあたりの衣服が乱れていて肌が少し露出していたので火傷をしてしまったのです。息子がそれを見ていたのですが、「おっかぁに言うなよ」と念を押したのにペラペラしゃべってしまったのです。

私は、パン焼き器を蹴ったりしていないので「配合間違えたんじゃないか?」と聞きました。古いパン焼き器を使っていた頃ですから十年以上前の話ですが、配合を間違えたためパンが膨らまなかったことがありました。また配合ミスかと思ったのです。「そんなこと絶対ない」と云います。さらに「パパ、昔カンシャク起こして電気釜放り投げたことあったでしょ」と、すっかり忘れていたことを言い出す始末です。完全に私が犯人と決めつけています。見てみないことには何も分からないのでキッチンへ行ってパン焼き器の蓋を開けてみました。

小麦粉やら牛乳やらが、ただぶっ込まれただけ、という状況のままグツグツと煮えたぎっていました。「粉も牛乳も混ざってないよ。こんなんでパンになるわけないじゃないか」と怒鳴りました。また例のスボラが出て、ただぶっ込んで混ぜる作業を省いてスイッチを入れたと思ったのです。

家内は「混ぜる必要なんかないのよ、器械がグングン混ぜてくれるんだから」そういえば、いつもバッタンバッタンとお釜の中で羽がうるさく回っていたことを思い出しました。「バッタンバッタンが聞こえなかったぞ。ちゃんと羽をハメたのか?」と聞くと急に静かになりました。そして、パン焼き器の釜をのぞき込んで箸で何度もかきまぜたりしていましたがとうとう観念して高らかに笑ってごまかしたのです。もちろん謝りませんでした。

私は追及しませんでした。なぜかというと、私も監査法人勤務時代、思い込みで判断して経理の人を追及して恥をかいたことがしょっちゅうあったからです。

いつも洗った羽を置く場所をみると、まぎれもなくパン焼き器の羽が鎮座していました。家内はぐちゃぐちゃの原料をこねて丸めてフライパンで焼いて一人で食べていたようです。


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