第27号「アナログもいいものです」(2012年10月5日配信)

 先日調べものがあって浦和の図書館に行ってきました。浦和には30年以上前に住んでいたので懐かしくなり、用事が済んだ後、昔住んでいたところまで行ってみました。途中、ところどころ知らない町を歩いているような気分になることがありました。 何しろ駅からの商店街では殆どの建物が新しく立て替えられており、当時とはまるで違うのです。住宅街に来ても同様で、殆どの家が新しくなっておりました。それでもなんとなく当時の面影を感じつつ見当をつけ、昔住んでいたアパートまでたどり着きました。

 アパートにたどり着いてみると驚いたことに近所にあった酒屋さんが昔のまま残っていたのです。ディスカウントショップの影響で廃業が相次ぐ中、よく頑張ったものだと感動しました。ただ、中にいた店員さんは見知らぬ人だったし、ここで酒を買って電車で帰るのも変なので中には入りませんでした。
 私が住んでいた2階建てのぼろアパートは普通の家に建て替えられており、南側の豪邸も敷地がいくつかに分割され、一戸建て住宅が数件ごちゃごちゃ建っていました。この豪邸の持ち主は某中小新聞社の重役という噂でした。平屋だったためか、アパートから覗かれるのがいやだという理由で高さ5メートルもあるようなグロテスクな塀を建てたのです。アパートは南側を塀でふさがれて一年中日光が入らなくなり、特に1階の各部屋の冬の底冷えは大変なものでした。

 ここは駅から近くて便利でしたが、冬の底冷えには耐えられず1年くらい住んだだけです。そして駅からは大分遠かったのですが同じ浦和市の日当たりの良いアパートに越し、そこには20年くらい住みました。さすがに日当たりの良かった2番目のアパートまで歩いて行く気力はなく、駅に引き返しました。

 帰りは別ルートにしましたが、今度は記憶がよみがえりました。銭湯のあったところは駐車場になっており、郵便局は昔のまま残って営業していました。
この郵便局は、あるとき私が正午の数秒前くらいに窓口に立ったら、中年の太目の女職員が奥から猛然とダッシュしてきて無言のままシャーッとカーテンを閉めた郵便局なのです。豪邸の塀といいこの女職員といい当時は怒りでグラグラ来たものです。今回30年ぶりに思い出しましたが、特にいやな記憶ということでもなく懐かしい感じさえしたのは不思議です。周りがあまりに変わってしまい、当時を思い出させてくれる数少ない貴重な例だったせいかも知れません。

 それは兎も角、我々の記憶というものは、ここにクリーニング屋があったとか大きな木があったというような個々の記憶はかなりいい加減だと感じました。むしろ道路の広さとかカーブの具合とか起伏とか道路にはみ出した樹木の感じ等を一体として、ホワーンとしたイメージで記憶しているように思います。
 個々の建物や看板といった記憶をデジタル記憶というなら、全体のホワーンとした記憶はアナログといえるのではないでしょうか。どちらも大事だと思います。ただ、デジタル記憶はめまぐるしい環境の変化に対応できませんが、アナログ記憶は小さな変化があってもそれを飲み込んで生き残る感じがします。便利で早くて確実なのがデジタル、末永く役に立つのがアナログ、というイメージです。アナログをもう少し大事にしようと思いました。


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