第23号「視野を広く」(2012年9月7日配信)

若い頃少しばかり書道をしていた関係で、賞状書きを依頼されました。固辞したのですが断りきれず受けてしまい、さぁそれからが大変でした。昔のことなので腕も落ちているだろうと思い、賞状のブランク用紙を何十枚もコピーしてそこで練習を始めたのですが、何度書いても納得いくようなものが書けないのです。
図書館に行って探したら「賞状の書き方」という本が見つかりました。結構役に立ちそうなので、その中古本をアマゾンで購入しました。ていねいに読んでみると、筆が大事であることが分かりました。息子が学校で使用していた硯や墨汁や筆で書いたのですが、それでは駄目なのです。その本には、筆は文房具屋ではなく、必ず書道用品専門店で購入するよう書いてありました。駅の近くに巨大な筆の看板の店があったのを思い出し、そこでだいぶ高価な筆を購入しました。
確かに漢字がきれいに書けるので驚きました。ひらがなも初めのうちは、ナメらかであるべき文字の縁(ふち)がギザギザになってしまいましたが、慣れるにしたがってうまく書けるようになりました。等間隔にマジックで縦線を引いた紙を用紙の下に敷いて、行が曲がらないようにしました。

準備万端整ったところで心も新たに再度挑戦したのですが、やはりなかなかうまくいきませんでした。マジック縦線の秘密兵器を使っても行がなんとなく曲がってしまったり、一つか二つ気に入らない文字があったり、複雑な漢字が大きすぎたりと、何かしら気に入らないところが出てしまうのです。たまに「これならまぁ合格か」といえるものが出来たと思ったら、力が入りすぎていたためか指がこわばってしまいモノをつかみ損ねたときのような動きをしてしまいました。当然筆は指からスッピョーンと飛び出して書き終えたばかりの賞状の上にぺしゃっと落っこちたのです。筆をへし折ってやろうかと思いました。
それでも期限までの1週間ほど毎日あきらめず練習を続けるうちに文章を完全に覚えてしまい、いちいち手本を見ずに筆先だけ見て流れるような感じで書けるようになりました。一応合格かなというレベルが連続するようになったので、いよいよコピー用紙から本物の用紙へと切り替えました。
コピー用紙と違って本物に書くと墨の色がくっきりと目立ち、自分が前より上手になったような錯覚に陥りました。賞状は一番左側の表彰する人の名前から書き出します。名前をまぁ首尾よく書き終えたのですが………なんとなく変なのです。名前の下の余白がやけに狭いような………しばらくしてあっと気がつきました。金ぴかの鳳凰が下にいる………用紙が逆さまじゃないか、バカモノ!!

家族は大笑いですが、私は大きなショックを受けしばらく休憩しました。気を取り直してふたたび挑戦しようとしましたが、まだ夏休みが続いている息子が「今日は休んだら?」というのでそうしました。気は張っているものの疲れているのかも知れないし、1枚失敗して用紙が残り1枚しかないのでこのままでは緊張して書けないと思ったからです。
 翌日、預かったのと同じ柄の賞状用紙をアスクルで購入し、心の余裕を確保してから用紙の上下を慎重に確認してから書き出し、何とかうまく収めることが出来ました。
 私は、金ぴかの鳳凰の内側だけを見て、鳳凰自身を見ていなかったという信じられない大チョンボをしたのです。何事によらず、物事に夢中になりすぎると本当に視野が狭くなるということを改めて実感しました。このたびの教訓は近年にない極めて大きいものでした。


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